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仙人のような老人の正体 ― 三代豊国「豊国揮毫奇術競 蒙雲国師」を読む

放射状の光を背に、岩の上で印を結ぶ白髭の老人。宙には砕けた岩が飛び、煙が立ちのぼっています。仙人の絵のようにも見えますが、描かれているのは仙人ではありません。三代歌川豊国(歌川国貞、1786〜1865)の揃物「豊国揮毫奇術競(とよくにきごうきじゅつくらべ)」の一図、「蒙雲国師(もううんこくし)」(文久3年〈1863〉)です。

仙人に見えて、仙人ではない

白い髭をたくわえた老人が、人里離れた岩山で不思議な術を使う。絵の世界では、仙人がよくこうした姿で描かれてきました。木の葉を綴った衣をまとい、杖や瓢箪を手にしていることも多く、鯉に乗る琴高仙人、三本足の蝦蟇を連れた蝦蟇仙人、口から自分の魂を吹き出す鉄拐仙人などがよく知られています。白髭の老人が岩の上で術を使っていれば、仙人だと思うのも無理はありません。

正体を知る手がかりは、まず画面右上にあります。赤い短冊形の枠には揃物の題「豊国揮毫 奇術競」、その脇の黄色い札には人物名「蒙雲國師」。浮世絵では、こうした題や名前の枠を読むことが、描かれたものを知るいちばんの近道です(「浮世絵の見方」)。

次に手もとを見ると、老人が持っているのは金剛鈴です。金剛杵の一端に鈴を取り付けた密教の法具で、修法のときに振り鳴らして、仏や菩薩を呼び覚まし、喜ばせるためのものとされます。指を組み合わせているのは、仏教の「印」を結ぶしぐさ。身にまとっているのも僧の衣で、名前に添えられた「国師」は、国の師と仰がれる高僧に与えられる称号です。この老人は仙人ではなく、僧の姿をした妖術使いなのです。

三代歌川豊国「豊国揮毫奇術競 蒙雲国師」部分
三代歌川豊国「豊国揮毫奇術競 蒙雲国師」部分。黄色く光る目と、金剛鈴を手に印を結ぶ指先

光、岩、煙

背景いっぱいに広がる黒と黄の筋は、国師から四方へ放たれる術の力です。仏像の背後にある光背を思わせる形ですが、ここに描かれているのは聖なる光というより、すさまじい力が噴き出すさまでしょう。その勢いに岩は砕けて宙を舞い、国師の背後からは煙が立ちのぼります。黄色く光る目も、ただの人ではないことを感じさせます。

国師の前には、白い粒を高く盛った器が置かれています。修法の場を清め、外からの邪魔を防ぐための塩とする解説もあります。光や煙、飛び散る岩を使って、目に見えない力を一枚の紙の上に描き出す。こうした工夫については「浮世絵は「動き」をどう描いたか」でも紹介しています。

『椿説弓張月』の妖僧

蒙雲国師は、曲亭馬琴の読本『椿説弓張月』に登場する人物です。文化4年(1807)から文化8年(1811)にかけて刊行された長編で、挿絵は葛飾北斎が手がけました。弓の名手・源為朝の生涯を、伝説をふくらませて描いた物語で、後半では、保元の乱に敗れて伊豆大島に流された為朝が琉球(いまの沖縄)へ渡り、その国の内乱をおさめて王国を再建するまでが描かれます。

この琉球の王国を乱すのが、妖僧・蒙雲です(物語では主に「曚雲」と書かれます)。王が古い塚を開いたことで世に現れたこの僧は、妖術を使って王宮に入りこみ、国を意のままにしようとします。為朝の一行もはじめはその術に苦しめられますが、最後には為朝の子・舜天丸が放った矢に倒れます。

『椿説弓張月』は江戸で広く読まれ、国貞が揃物にこの妖僧を加えたのも、なじみ深い悪役だったからでしょう。物語はその後も読み継がれ、昭和44年(1969)には三島由紀夫が歌舞伎に仕立てて、国立劇場で上演しています。

似顔は四代目市川小団次か

「豊国揮毫奇術競」の人物の多くは、当時の役者の似顔で描かれています。蒙雲国師の顔は、四代目市川小団次(1812〜66)の似顔とする解説があります。小団次は早替りや宙乗りといった仕掛けを使う派手な演出を得意とした役者で、河竹新七(のちの黙阿弥)と組んで数々の新作を生みました。妖術使いの役には、うってつけの役者です。役者の似顔については「歌舞伎と役者絵」もあわせてご覧ください。

七十九歳の筆

題の「揮毫」は、筆をふるって書画をかくこと。「豊国揮毫奇術競」は、豊国が筆をふるって描く妖術くらべ、といった意味になります。画面左の赤い枠には「七十九歳豊国筆」と署名されています。国貞は元治元年12月(1865年1月)に79歳で亡くなりますから、まさに最晩年の筆です。署名の上の丸い印は、出版の許可を示す改印。画面の下のほうには、版元「平のや」の印と、彫師の名も見えます。

「豊国揮毫奇術競」は、こうした妖術使いを一人一図で描いた揃物です。年記のある作品からみて、文久元年(1861)の暮れごろから元治元年(1864)にかけて出版されたとみられ、国立国会図書館には32図が所蔵されています。蝦蟇の術を使う児雷也、大なめくじに乗る綱手、掛軸の絵から抜け出たような白い虎を従える虎王丸。読本や合巻、芝居でおなじみの人物たちが、国貞の筆で一堂に会しています。顔ぶれは「幕末の妖術使い大集合 ― 三代豊国「豊国揮毫奇術競」の顔ぶれ」で、児雷也・大蛇丸・綱手の三人は「児雷也・大蛇丸・綱手 ― 蝦蟇・蛇・蛞蝓の「三すくみ」と浮世絵」で紹介しています。

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