「相馬の古内裏」のグッズ

歌川国芳「相馬の古内裏」のグッズです。

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Commentary

歌川国芳「相馬の古内裏」

歌川国芳《相馬の古内裏》
歌川国芳「相馬の古内裏」
作品名
相馬の古内裏
絵師
歌川国芳
制作年
弘化2〜3年(1845〜46)頃
判型・技法
大判錦絵三枚続
版元
八幡屋作次郎(推定)

「相馬の古内裏」は、歌川国芳が大判錦絵三枚続の横長の画面に、巨大な骸骨を描いた作品です。制作年については、天保15年(1844)頃とする説もあります。独立した題はなく、左幅の詞書の書き出しから「相馬の古内裏」と呼ばれています。

物語

題材は、山東京伝の読本『善知安方忠義伝』(前編は文化3年〔1806〕刊、挿絵は歌川豊国)です。平将門の乱ののち、将門の遺児・滝夜叉姫は、荒れ果てた相馬の御所で妖術を使い、味方を集めます。朝廷方の武将・大宅太郎光国は、妖怪の正体を確かめようと御所に乗り込み、やがて一味を滅ぼします。左幅の詞書は、この筋を短くまとめたものです。

描かれているもの

左幅では、滝夜叉姫が巻物を広げて呪文を唱えています。中幅では、大宅太郎光国と荒井丸が身を低くし、闇の奥から現れたものと向き合っています。右幅から中幅にかけては、巨大な骸骨が上半身を乗り出し、骨ばった指で破れた御簾をつかんでいます。人物の名は、それぞれ赤い札に「瀧夜叉姫」「大宅太郎光国」「荒井丸」と記され、三枚すべてに「一勇斎国芳画」の署名があります。

構図と技法

骸骨は三枚続のうち二枚にまたがり、紙の継ぎ目を越えて一つの大きな形として描かれています。原作の挿絵では骸骨が何体も現れますが、国芳はそれを一体の巨大な骸骨に置き換え、闇に浮かぶ白い骨が画面を占めるように描きました。

骨格の描き方から、国芳が西洋の解剖図を参照したとする説があります。ただし、典拠となった具体的な図は特定されていません。

制作の背景と受容

この物語は、天保7年(1836)に歌舞伎にもなっています。天保の改革で役者の姿を直接描きにくかった時期に、国芳が芝居の人気を背景として、物語を史実風の場面に仕立てたとも考えられています。

昭和の妖怪図鑑などで本図の骸骨が「がしゃどくろ」の姿として紹介されたことから、その名とともに知られるようにもなりました。「がしゃどくろ」は昭和に入ってから広まった妖怪の名で、本図とはもともと関係がありません。

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