
折り紙の蛙を跳ねさせる盗賊、大なめくじの背に立つ女傑、絵から抜け出たような白い虎を従える若者。三代歌川豊国(歌川国貞、1786〜1865)の「豊国揮毫奇術競(とよくにきごうきじゅつくらべ)」は、読本や合巻、歌舞伎に登場する妖術使いたちを、一人一図で描いた揃物です。
「豊国揮毫奇術競」とは
題の「揮毫」は筆をふるって書画をかくこと、「奇術競」は不思議な術の競い合いのこと。豊国が筆をふるって描く妖術くらべ、といった意味です。大判の縦一枚に一人ずつ、術を使う人物が大きく描かれ、右上には赤い短冊形の題と、人物名を記した黄色の札が配されています。人物の多くは、当時の役者の似顔で描かれています。
年記のある作品からみて、出版は文久元年(1861)の暮れから元治元年(1864)にかけてとみられます。版元は平のや(平野屋新蔵)。署名に「七十七翁」「七十九歳」と年齢を添えた図があり、国貞が最晩年まで描き続けた揃物であることがわかります。国立国会図書館には32図が所蔵され、ほかの所蔵先に伝わる図を合わせると、30人を超える顔ぶれが知られています。
生き物を操る術
まず目につくのは、生き物を操る術の使い手です。蝦蟇の術の「賊首児雷也」、蛇の術の「妖賊大蛇丸」、蛞蝓の術の「勇婦綱手」は、合巻『児雷也豪傑譚』の三人。三すくみの関係については「児雷也・大蛇丸・綱手 ― 蝦蟇・蛇・蛞蝓の「三すくみ」と浮世絵」で紹介しています。
蝦蟇の術といえば「天竺徳兵衛」も欠かせません。四世鶴屋南北の『天竺徳兵衛韓噺』(文化元年〈1804〉、江戸・河原崎座初演)で、初世尾上松助が演じた妖術使いです。水中からの早替りなどの仕掛けで、大評判をとりました。
鼠の術を使うのは「仁木弾正」です。伊達騒動を題材にした歌舞伎『伽羅先代萩』では、政岡が手に入れた悪人一味の連判状を鼠の妖術で奪い返し、荒獅子男之助の鉄扇をのがれて姿を消します。モデルは仙台藩の家老・原田甲斐とされます。揃物には、巨大な鼠にまたがる「須美津冠者義高」の図もあります。
蜘蛛の術を使うのは「若菜姫」。合巻『白縫譚』(嘉永2年〈1849〉〜明治18年〈1885〉)のヒロインで、大友宗麟の娘とされ、錦が嶽の妖女から蜘蛛の妖術を授かって、大友家を滅ぼした菊池氏への復讐をはかります。
冒頭に掲げた「虎王丸」(元治元年〈1864〉)では、紅の衣装の若者の背後に、巨大な白い虎がうずくまっています。足もとに広げた掛軸を見ると、竹を描いた画面には虎の形だけが白く残されています。絵に描かれていた虎が、そのまま抜け出してきたかのようです。
呪いと幻術
「滝夜叉姫」は、平将門の娘と伝えられる女性です。父の志を継いで相馬の古御所に立てこもり、妖術で源家を悩ませる筋は、山東京伝の読本『善知鳥安方忠義伝』(文化3年〈1806〉刊)などで広く知られるようになりました。この図の姫は白装束で、頭には火のともる蝋燭、胸には鏡、口には火のついた棒をくわえ、手には刀。呪いの儀式「丑の時参り」の装いです。足もとの薄の原には、どくろが転がっています。滝夜叉姫と聞いて、歌川国芳が「相馬の古内裏」に描いた巨大な骸骨を思い浮かべる方もいるでしょう。揃物には、姫の弟とされる「将軍太郎良門」も登場します。
「鳴神上人」は、歌舞伎十八番の『鳴神』で知られる高僧です。朝廷に恨みをもち、竜神を北山の滝壺に封じこめて雨を降らせなくしますが、朝廷が差し向けた雲の絶間姫の色香に迷い、竜神を封じた注連縄を切られてしまいます。だまされたと知った上人は、怒りのあまり姫を追います。もとになったのは、能の「一角仙人」です。
「蒙雲国師」は、曲亭馬琴の読本『椿説弓張月』で琉球の王国を乱す妖僧です。光を背に印を結ぶ姿は、一見すると仙人のよう。詳しくは「仙人のような老人の正体 ― 三代豊国「豊国揮毫奇術競 蒙雲国師」を読む」で紹介しています。
八犬伝から、島原から
曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』からは、「忠」の玉を持つ八犬士の一人で、火遁の術を得意とする「犬山道節」が選ばれています。同じく八犬伝に登場する尼「妙椿」の図もあります。「七草四郎」は、その名のとおり、島原の乱を率いた天草四郎を思わせる人物です。ほかの所蔵先には、九尾の狐が化けた美女「玉藻前」や、白浪五人男の頭目「日本駄右衛門」を描いた図も伝わります。
江戸の人気者の顔見世
顔ぶれを見渡すと、曲亭馬琴や山東京伝の読本、長く書き継がれた合巻、そして歌舞伎の人気演目から、名だたる妖術使いが集められていることがわかります。しかも、その多くは当時の役者の似顔で描かれています。江戸の人々にとっては、おなじみの人気者を一度に見渡せる、豪華な顔見世のような揃物だったのかもしれません。
当店では、この揃物から「蒙雲国師」「勇婦綱手」「虎王丸」の三図を、Tシャツやスウェット、トートバッグ、マグカップにしています。















