
「神奈川沖浪裏」の大波は、教科書やポスターで何度も目にしてきた絵だと思います。けれど、波間に舟が何艘いるかと聞かれて、すぐに答えられる人はそう多くないかもしれません。答えは三艘。房総や伊豆の浜から江戸へ鮮魚を急ぎ運んだ「押送船(おしおくりぶね)」で、漕ぎ手たちは身を低くして波をやり過ごそうとしています。
この記事では、当店のアイテムにも使っている『冨嶽三十六景』の四図を手がかりに、七十代の北斎がこのシリーズで何をしようとしたのかを、少し近づいて見ていきます。

作品データ
- 作品名
- 冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏
- 絵師
- 葛飾北斎
- 判型
- 大判錦絵(横絵)約25×37cm
- 刊行
- 天保2年(1831)頃から
- 版元
- 西村屋与八(永寿堂)
七十を過ぎて始めた、富士の揃物
『冨嶽三十六景』の刊行が始まったのは天保2年(1831)ごろ。北斎は数えで七十二歳でした。版元は西村屋与八(永寿堂)です。同じ年に出た柳亭種彦の合巻『正本製』十二編の巻末には、このシリーズの広告が載っていて、「藍摺一枚」「一枚一景ツゝ追々出板」とあります。当初は藍の濃淡で摺る「藍摺」が売り物だったことが、この一行からわかります。
同じ広告には「三十六に限るにあらず」という言葉も見えます。実際、評判を受けて十図が追加され、シリーズは全四十六図になりました。追加の十図は輪郭線が藍から墨に変わっていて、甲斐の側から望んだ図が多いことなどから、愛好家のあいだで「裏富士」と呼ばれています。
新しい青、ベロ藍
このシリーズを語るうえで欠かせないのが、ベロ藍(プルシアンブルー)です。1704年ごろにベルリンで偶然生まれた合成顔料で、「ベルリン藍」がなまって「ベロ藍」と呼ばれました。それまで浮世絵の青といえば、色あせやすい露草か、くすんだ色合いの本藍が中心でした。1820年代の終わりごろからベロ藍が大量に安く入ってくると、透明感のある鮮やかな青が一気に広がります。
もっとも「神奈川沖浪裏」は、ベロ藍だけで摺られているわけではなく、本藍と併用されていると考えられています。青の種類を見比べながら眺めるのも、この絵の楽しみ方の一つです。
四つの図を、近くで見る
神奈川沖浪裏
手前で立ち上がる大波と、谷間に小さく見える富士。動と静の対比はよく知られていますが、波頭の先端をよく見ると、細かく枝分かれした指先のような形をしています。ゴッホが1888年にアルルから弟テオに送った手紙には、テオが北斎の波を「爪だ、舟がつかまれている」と書いてきたことが記されています。
凱風快晴

「凱風」は南から吹くおだやかな風のこと。中国最古の詩集『詩経』に「凱風自南」とあるのが出典です。夏から秋にかけての晴れた早朝、朝日を受けた富士の山肌が赤く染まることがあり、この図はその一瞬をとらえたものと考えられています。空に広がるのは、秋の訪れを感じさせる鰯雲。「赤富士」の通称で親しまれています。
東海道程ヶ谷と江戸日本橋


「東海道程ヶ谷」は、程ヶ谷宿から戸塚宿へ向かう坂の松並木を描いた図です。八本の松の幹のあいだに富士がのぞき、旅人や馬が坂を行き交います。そのなかに一人、足を止めて富士を眺める馬子がいるのを見つけると、絵のなかの時間がふっとゆるむように感じられます。
「江戸日本橋」では、手前の橋に人がひしめき、欄干の擬宝珠が頭をのぞかせています。川の両岸に並ぶ蔵は奥へ奥へと続き、その先に一石橋と江戸城の櫓、そして富士。実際の位置関係では、ここから富士は画面に入らないという指摘もあります。北斎は名所を、見たままではなく「見せたい形」に組み立て直していたのでしょう。
画号を替え、住まいを替え
北斎は宝暦10年(1760)、江戸本所の割下水付近に生まれたと伝わります。十代で版木彫りの仕事をしていたともいわれ、安永7年(1778)に勝川春章に入門、翌年「春朗」の名で役者絵を発表しました。以後、宗理、北斎、為一、画狂老人卍と、生涯に三十を超えるといわれる画号を使い分けています。
引っ越しの多さもよく知られています。明治26年(1893)刊の飯島虚心『葛飾北斎伝』の序文には「九十三」回転居したとあります。ただ、同じ本の本文には七十五歳までに五十六回とあり、太田記念美術館は、確かめられる住所が二十数か所にとどまることから、この数字には疑問が残るとしています。有名な逸話も、出どころを知ったうえで楽しみたいところです。
七十五歳で出した絵本『富嶽百景』初編の跋文に、北斎は、七十三歳でようやく鳥獣虫魚の骨格や草木の生まれを少し悟った、だから「一百歳にして正に神妙ならん歟」と記しました。この本から最晩年まで使った号が「画狂老人卍」です。嘉永2年(1849)、数え九十で亡くなりました。
海を渡った大波、暮らしのなかの大波
1905年にパリのデュラン社から出たドビュッシーの交響詩『海』の初版スコアは、北斎の大波をもとにした図で表紙を飾りました(富士や舟は描かれていません)。身近なところでは、2024年7月に発行が始まった千円札の裏面に「神奈川沖浪裏」が、2020年から交付が始まった日本の旅券には『冨嶽三十六景』の二十四図がデザインされています。
このストアの北斎アイテム
「神奈川沖浪裏」と「凱風快晴」は、原画の輪郭を細い線で描き起こした線画のTシャツ(神奈川沖浪裏・黒/白、凱風快晴・黒/白)と、色をのせたプリントの両方でつくっています。藍の大波を大きく入れたブルー×ブラック、裾に波をのぞかせた裾プリント、身幅の広いビッグシルエットもあります。
フラットポーチには、天保初年(1833〜34年)ごろに同じ西村屋与八から出た花鳥画「芥子」の図柄も使いました。すべての北斎アイテムは葛飾北斎の一覧からご覧いただけます。
掲載した『冨嶽三十六景』の図版4点は、運営会社が所蔵する作品を撮影したものです。













